Happy New Year.
May this year begin with quiet strength and clear intention.
Each step you take is supported by roots you cannot see,
and your ancestors walk with you, quietly rooting for your steps.
May your choices stay true, your path dignified,
and the blessings that guide you continue to rise from deep within.
Wishing you a graceful and auspicious year ahead.

「Why don’t you call?」
人は、意味を感じないものを続けることはできない。
それに出逢う瞬間は、人生に何度あるのだろう。
自分の知らなかった自分に出逢わせてくれる言葉は、
理解するものではなく、何度も反芻してしまうものだ。
「なぜ、わたし?」
ヨウヨウシロクナルハヨハクト ヨミテムヤ
Determinism→ Altruism→ SURRENDER→ Destinism
SAY「Is this ORIGIN?”」
余白の色は、ずっと無色透明だと思って生きてきた。
けれど今は、青を超えた紺碧なんじやないかなって。
「答えは、なんなん?」
ワタシ、ホン。
「Wmmm… ORIGIN is BLUE.」
新年のご挨拶
年が変わった、というより、ひとつ呼吸を深くして別の光の角度に立ち直した、そんな感覚の中にいます。
続いてきた時間の中でで、また一歩、いのちの器を置き直すような始まりです。
今回のお手紙は、2026年丙午の年を迎える前、火が内側に集まりはじめる冬至という節目に、いまの私の立ち位置を確かめるように書き留めたものです。
先の計画を立てるためでも、何かを宣言するためでもありません。「こうあるべきだ」と自分を導くための言葉でもない。
ただ、これから先へ進んでいく前に、一度立ち止まり、どこから火を灯しているのかを確かめておきたかった。
2025年で、言葉にしきれなかった感覚や、まだ形にならない思いが、胸の奥に静かに溜まっていくのを感じていました。
それらを急いでまとめるのではなく、無理に意味づけるのでもなく、いまの温度のまま置いておく場所として、この時間が必要だったのだと思います。
冬至は、何かが終わる日というより、光の向きが変わりはじめる地点です。
外へ向かっていた力が、一度内側に戻り、次の巡りに備える時間。
その地点で書かれた言葉は、完成した答えではなく、これからの歩みにそっと添えられる印のようなものです。
読む人それぞれの時間や状況によって、受け取り方は違うと思います。
すぐに意味を持たなくてもいいし、何も感じなくても構いません。
ただ、いつかどこかで立ち止まったとき、「こんな言葉があったな」と思い出してもらえたら、嬉しいです。

火の気とは、誰もが持ち得る「引き受ける力」
2026年は干支で言う 丙午(ひのえうま)火が二重に巡る年です。
十干の「丙」には陽の火が宿り、十二支の「午」も五行で火に配される支とされています。
暦の上では 丙と午が重なるとき、「火の気が強く外へ向かう」と考えられてきました。
過去の丙午で出生率が下がった記録が残るのも、ただ迷信と片づけるより、火の巡りが人の判断や生き方に微かな揺れを生んだ痕跡として読むほうが、私にはしっくりきます。
「火の気が強く外へ向かう」巡りを前に、
私は冬至のいま、来年に向けて自分の言葉と仕事を見直しています。
きっと、この行動も火が外へ向かうなら、
長く胸の奥で燃えていた火もまた、行き先を求めているのでしょう。
私のメソッド「ご先祖セラピー」は、受け継いだ祈りや痛みを言葉に直し、いのちの器を整えながら、その人自身の人生を前へ運んでいく方法です。
語られなかった声に言葉を与える営みは、日々の暮らしに余白を生み、器の歪みを少しずつ整えていきます。そのうえで生まれてくるのが、自分の足で選び、進んでいくための火。
ふだんは、器を整えることを軸にお話ししていますが、火が強く外へ向かう巡りを前にした今回は、いのちの器の中を流れる「火の向き」そのものに焦点を当てて書いています。
ここで話す火の正体は、特別な能力ではなく、誰もが持ち得る「引き受ける力」。
迷ったときに立ち戻れる灯火となり、いつしか私自身の歩みを前へ運んでくれるものでもありました。
急ぎすぎず、しかし消えもせず、ただ温度を増しながら前へ進む火。
日々の営みが積み重なるほどに、火は音もなく呼吸を深め、青みを帯びていく。
青い火は、言葉より先に方向を選び、私の背をそっと押してくれていても、ご先祖について語る言葉や場はまだ整っていません。
必要だと感じる方が確かにいるにもかかわらず、概念や語彙や方法が少なく、「語りたいのに語りにくい」という空白が続いています。
その空白は、歩みの途中で言葉を失わせ、胸の奥に小さく灯った火を、行き場のないまま抱えさせます。
その違和感を手放せずにいた頃、ひとつの言葉に出会いました。
「ご先祖の本には市場がない。」
意外なほど、その言葉は私を支えてくれている火を弱めませんでした。
むしろ、行く先を照らしはじめたのです。
「ないのなら、つくればいい」その思いが、言葉より先に前へ。
火が進み、言葉があとを選ぶ。その秩序は私の中で揺るぎなく、いまも歩く方向を裏側から支えています。
私は2026年、火の巡りのなかで「ご先祖を語る文化の入口となる形」をつくります。
市場そのものは一人ではつくれませんが、青く深まった火が灯火へ育つように、最初の火は起こせる。
その火が誰かの手に渡り、火が次の場所で灯り続けていくならそれはもう、文化のはじまりです。
精神世界の巨人たちが歩みを重ね、それぞれの時代に必要な火を掲げてきたように、私は営みの続きとして先祖を語る文化の入口に、ひとつの火を置きます。
誰かを否定するためではなく、語りたかった言葉があたたかく灯る余白を、次に続く人のために残しておく火です。
始まりは小さくとも、置かれた火は確か。
火は急がず、しかし消えず、必要とする誰かの歩みに寄り添いながら、胸の奥へと移り、次の場所でまた燃えはじめるでしょう
私はその連なりを願っています。
ご先祖を語る声が、火となって未来へ渡っていくことを。

編集後記
このお手紙を書き終えたいま、何かを言い切ったという感覚よりも、ひとつの地点に立ち、そこからの景色を確かめ終えた、という感触が残っています。
冬至という節目は、終わりを告げる日ではなく、向きが切り替わる場所です。
光は最も短くなり、外へ伸びていた力は、内側へ戻ってくる。
その動きの中で、言葉もまた、前へ進むための道具というより、立ち止まるための印として現れてきました。
書きながら何度も、これは説明する内容ではないな、と感じていました。
誰かを納得させるためでも、方向を示すためでもなく、ただ、火の在処を見失わないために置かれている言葉。
火は、強く燃えているときだけが役割ではありません。
外からは見えないところで、温度を保ち、次の巡りを待つ時間もまた、同じくらい大切です。
このお手紙に、明確な答えや結論はありません。
読む人の状態や時間によって、受け取られ方が変わることも、そのままでいいと思っています。
いま何も感じなくても、すぐに意味が立ち上がらなくても、それで構わない。
ただ、どこかで立ち止まったとき、この言葉の温度を思い出してもらえたら。
それは、火が消えたのではなく、内側に戻っているだけだと思い出すための、小さな手がかりに
なるかもしれません。
本年も、どうぞよろしくお願いいたします。
また、つぎのお手紙でお会いしましょう。

あなたとあなたの大切な人の人生が愛で満ち溢れるものであり続けますようにとの願いを込めてDESTINYからのお手紙をお届けさせていただいています。
「このテーマについて知りたい」
「こんなサービスがあったらいいな」
「今、こんなことで悩んでいます」
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